感銘を受けたツイートたち。
みんな同じ、やればできる、願えば叶うという夢の世界からは、いつか醒めないといけない。もしこの夢から覚めるタイミングを逸すると、現実世界が極端に厳しく感じられて、狭まった範囲や自分の世界でしか生きられなくなる。無菌状態でしか生きられなければ世界は狭まる。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) June 24, 2012
スポーツのスターや人生の成功者には時々、この夢の世界観のまま成功する人がいる。そして日本人はこの成功例が大好きで、その成功の秘訣がみんなに適応できると信じてしまう。最初の夢で進める人や、努力が叶った人は稀。例外をそのまま信じれば何かが狂う。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) June 24, 2012
ああ、負けてももう一回やればいいんだ。違ったと思ったら別の世界に行ってもいいんだ。こういう感覚を学ぶにはやっぱり実際に負けてみるしかない。挑んで、負けて、立ち上がる。特にこの立ち上がる所で自己肯定感が磨かれる。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) June 24, 2012
スポーツや音楽など、何か目標を掲げ夢中になって、そして自分の限界を知った人は体感の感度が高いと思う。自分は何に耐えられて、何には耐えられそうにないのか。スポーツの効能は根性だと思われているけれど、ちゃんと自分で考えて競技をすれば、磨かれるのは目標設定のセンスだと僕は思っている。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) July 8, 2012
【終わり】人には可能性があり、そして限界がある。方向は一つではなくて無数にあって、何かに限界を感じるのは次の世界の可能性を広げる事だったりする。体感を持って生きていくのは、幸せになる為にとても大切な事なんじゃないかと最近、思っている。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) July 8, 2012
「答えはある」「必ずできる」と決めてかかることは大事なベンチャー精神だと思います。
— 藤田晋bot (@FujitaSusumuBot) June 26, 2012
いくら経験があっても、頭が良くても、最後は執念とか信念が成否を分ける。個人の執念が仕事を成功に導き、組織に勝利をもたらす。
— 藤田晋bot (@FujitaSusumuBot) July 1, 2012
辞めたら遊びまくってやると思っていても、いざ引退して遊んでも想像していたほど楽しくない。もう制限をかけなくてもいい事がほっとしつつも、悲しい。そういうぽっかりとした虚しさをみんな抱えていて、それをアスリートの性だなと言いながら話し合った。僕らにとっては人生の全てだった。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) June 26, 2012
山本君が、幅跳びの最後の踏切を義足で行っていた。僕はてっきり義足でない方で飛ぶと思っていたのだけど、話を聞くと、ジャンプ一歩前の膝を折りながらの沈み込みが義足ではできないからだそう。確かに沈み込みは大事だと思っていたけど、こう聞くともしかして踏切自体よりも大事な気がしてくる。
— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) July 17, 2012
僕のハードルの踏み切りは、右足。だがバウンディングやホッピング等のジャンプ練習の長い経験で、左足の方が強く踏み切れることが分かった。いまさら踏み切り足を変えることなんて出来ないから、ちょっぴり選択を間違ったかなと思ったりすることがあった。しかし、このツイートを見て、ジャンプ(踏み切り)を行う足の一歩前の動作が大事かもしれないと考える様になってからは、自分が右足踏み切りになったことに何か理由があったのだろうと思えて、心が晴れた。それから、ハードル練習をする時は踏み切りの右足ばかりを意識するのではなく、一歩前の左足の出し方も考える様になった。しかし、それは結構難しくて今のところ、動きの変化には繋がっていない。
https://twitter.com/FujitaSusumuBot/status/229351577461338112 online casino’s
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